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蒼の世界へ

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忘れない記憶に ~3.11~

ここを始めたのは、あの2日後でした

当時は書く気がしなかったけれど
二年経った今
覚えているうちに残そうと思います




当時は横浜勤務でした

地震発生時
自分がいたのは4階の個室トイレ
(建物は7階建)

突然大きな揺れが襲ってきて
壁に両手をついて耐え
天井が崩れてくるイメージが浮かび

自分が発見されたとき
ズボンが脱げた状態だったら嫌だと
本気で思いました

トイレから出た後、一旦は外に集合したものの
すぐに事務所内に戻ることに
事務所は海のすぐ近くで、津波警報が出ていました

待機している間、仕事をする気にもなれず
インターネットで状況を見ていましたが
次々更新される死亡者数に愕然としました

待機指示が解除されたのは夜8時頃
この時点で選択肢は二つ
「会社に泊まるか」、「歩いて帰るか」

翌日は土曜日だし、家の様子も心配で
歩いて帰ることを選びましたが
今思うと、この選択は間違いでした

横浜市から大和市への帰り道
街灯、マンションの明かり、信号機など
全ての光が消えていて周りは真っ暗

あちこちで、神奈川県警が交通整理をしており
闇夜を歩く危険と恐怖を痛感しました
(多くの人は夕方に歩き始めていたんですね)

JRはその日の運休を早々に発表
私鉄は徐々に復旧し
中には終夜運転をした路線もあったとか
本当に頭が下がる思いです

自分は、歩いている途中に偶然タクシーがつかまり
無事に帰宅

そして次の日
近所のスーパーやコンビニから
食料がごっそり無くなりました

直接的な被害もないのに
暇な主婦が買い占めをしたからだと
憤りを感じたことを覚えています


あれから二年

自分の体験したことは
被災地の方々に比べ大したことないですが
それでも、この時のことは忘れません

被災された皆様にお祈り申し上げます
2011年3月11日(金)14時46分 東北地方太平洋沖地震
*
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by aquamarine004 | 2013-03-11 00:00
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